【レビュー】伊東敏光、吴青峰、久保寛子、友定睦、長岡朋恵、細萱航平、三松拓真「内側から触れる風景」
2024.12.27(金)
2024年最後のレビュー、第二弾。前回でレビュー納めのつもりであったが、12月は思いのほか展示の数が多く、訪問するとやはり思いの丈を吐き出したいというもの。なんだか独善的に思われるかもしれないが、ある意味その通り。望むべくは別のレビューアーの登場と、多視点化だろう。広島アートにより厚みを持たせるためにも、そこのあなた、新たな書き手になってはいかがですか。(運営側も望んでいる!)
さて今回は、クリスマスマーケットで目前が賑わうgallery Gにて、「内側から触れる風景」を見た。彫刻家·伊東敏光と教え子たちによるグループ展である。伊東氏は長年、広島市立大学彫刻専攻で教鞭をとり多くの後進を育ててきた。今年度で退官されるそうで、同時期に同大資料館にて退任記念の個展、さらに泉美術館でも別の企画展を開催しており、一人の作家のみならず数多くの関わりを醸成してきたことがわかる。筆者は全会場を回り、その影響を垣間見ることができた。
本展は伊東氏の主題である「風景彫刻」、および彼の背中を見て学び、各々の彫刻世界に至った作家たちの作品展だ。出品作家の一人、友定睦によると、「教え子たちは伊東が風景と対峙し彫刻をつくる姿勢にロマンを感じ、参考または反証しながら独自の彫刻観を築いてきた」。その方法論が言葉で詳しく開示されることはなかったが、論より証拠、実見あるのみだ。
見渡す限りいかにも彫刻展らしい重量感を感じる。そうだ、階級順に作品を見てみよう。
まずは「風景彫刻」の始祖、伊東氏の石彫だ。眺望がまるで人体のように捉えられ、石に刻まれている。さらに油彩により色づけられることで、あたかも遠くから風景を眺めているようである。一種の模型というべきか、縮尺が縮められ、情報が削ぎ落とされ、モノに結晶化した景色がここにある。彫刻化した風景、といっていいだろう。「風景彫刻」の一つの原点的な風格があり、見方によっては盆栽などに通ずる身近な小宇宙の表現でもあり、親しみと懐かしさを伴う不思議な感覚を得るものであった。ただし、足元に落ちてきたらただでは済まない、ヘビー級。
隣に倒れている石彫は、細萱航平の《background》。よく見ると石彫ではなく、小石や砂利の表面で、実際には「地層の剥ぎ取り試料、麻糸、石、パフォーマンス」だそうだ。石の断面ではなく地層、無垢の岩石ではないのでミドル級といったところ。地層の服とは奇抜だなと思いながら、気になったのは「パフォーマンス」。監視の方によると作家が地層の服を着用し、ひたすら座っているらしい。確かに無垢でないとはいえ重さは相当なはずだ。見せてもらった記録写真には、座する地層人間がそこにいる。かなりシュールな絵面であるが、風景と化する彫刻行為、という独自性が認められた。街なかに石碑はあっても、地層碑は聞いたことがない。
ユーモラスな木彫は、最年少の三松拓真によるものだ。各地芸術祭などですでに定評のある作家で、左の作品は《伊東先生の車》。筆者は伊東氏と面識があるので、顔を思い浮かべて思わず吹き出しそうになった。似ているかはさておき、伊東先生の、ではなく伊東先生が、ではないかと、心内でツッコミながら笑いを堪えるのに必死であった。
さて三松氏の作品は車と一体化した車人間、あるいは人格を持った人面カーというべきか。現代のクルマ社会がまぎれもない現実で、ヒトやクルマはその構成要素と等しく捉えるならば、このどっちつかずの妙な存在は、まさしく都市風景を彫刻化した作品といえるだろう。屋外の彫刻もいわば、モータリゼーション·ランドスケープの表現。夕刻の大通りに並ぶ車列を背景に、ひょうきんな顔をして堂々たる批評性であった。石よりは軽い、ライト級。
ギャラリー2階は長岡朋恵の独壇場である。これまでと一風変わって、ソフトな彫刻が並ぶ。布素材が多用されており、色彩の組み合わせも豊かでどこか家庭的な雰囲気が漂う。写真の作品は《朝のどうろちゃん、昼のどうろちゃん》と、タイトルもまるで絵本のそれのように柔らかい。スライムのような道路にピンクのフェザーがちょこんと乗っかる。赤い台座はちょっとアナーキーな家具に見えなくもない。素材と品物、材料と製品、などの認識のあいだを縫うような作品は、確かに作品としかいいようがなく、ステレオタイプな彫刻観の再考を示唆しているようだった。生活風景の手工芸的彫刻、手触りのよいフェザー級。
これで最後かとふりかえると、巨大なトンボが宙に浮いている。内モンゴル出身の吴青峰による《風の軌跡》は、空気の流れや風の形を飛翔体に見立てて彫刻化したものだろう。竹と和紙からできており、対象、内容、素材と全てが自然に依拠した一体感が感じられる。作りも工芸品のように精密な構造ではなくラフに編み込まれた線の集合体で、野趣に溢れた一品。自然の現象をそのまま生き物に投影したかのようで、自然風景を自然ファーストで彫刻にしたものといえる。飛んでいる、フライ級。
ほかにもオリエンタル風の魔除け作品で、路頭の風景を装身具的彫刻に解釈した久保寛子、前出の友定氏は海に浮かぶ美しい無人島を写真に収め、風景と彫刻の相補的な関係を問うてみるなど、伊東氏のまいた種は新たな世代に受け継がれ、各々の土壌で個性的な花を咲かせているように思われた。アプローチも手法も多様で、「風景彫刻」という魅力的な課題はこれからも広がり、また次世代の表現を育むにちがいない。その理論も含め、より体系的な展示が待ち遠しい。
(広島在住のアート愛好家・太田川蟹)
伊東敏光、吴青峰、久保寛子、友定睦、長岡朋恵、細萱航平、三松拓真
「内側から触れる風景」
会期:2024.12.17~2024.12.29
会場:gallery G
鑑賞日:2024.12.22