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【レビュー】村上明花里 個展「−現前−」

2026年、初レビューは村上明花里の個展「−現前−」。すっきりとした空間に赤茶色の大きな絵画が2点。1点は壁にかけてあり、もう1点は黒い展示台に置いてある。まずは正面の壁掛けの方から見てみよう。おっと、眺めるのにちょうどいい場所に先客が。と思ったら渋い蝋燭台が鎮座していた。

さて、正面の絵画《19:44》である。夏祭りのような風情。空間を三つに分けると手前に人だかり、真ん中に蝋燭や提灯、奥に屏風絵というレイヤーになっている。最も手前にあたる作者の視点も加えると、レイヤーはもう一段奥行きを増す。では鑑賞者たる自身は作者と同じ場所か、さらに透明の作者の後ろからこの絵を鑑賞しているのか。

さらにさらに、さきほど避けた蝋燭台を自身の手前に置くならば、絵の中に描かれた人だかりよろしく、自身もまた現実空間における人だかりのレイヤーとなろう。うーん、頭の中が合わせ鏡状態。もしくは、初めてVRゴーグルをつけた時の空間酔い。

ごあいさつを参照。絵に描かれた画題は、高知の赤岡町における「土佐赤岡絵金祭り」の様子。幕末期に活躍した弘瀬金蔵による芝居絵を商店街に並べ、それを蝋燭の灯りだけで鑑賞するという一風変わったお祭りである。

芝居の〈上演〉といえば動きや音のあるものだが、この絵画を見世物とする特異な芝居の〈上映〉には動きや音はない。その代わり、訪問客たちの話し声やお囃子に辺りは包まれているのだろう。そのまた一方で、絵自体は止まっているが、蝋燭のゆらめき具合でほんのり微動を感じられるのではないか。仕掛け的には古風なお化け屋敷に見えなくもない。突然動き出しそうな、あの感じ。

「舞台美術を示す『シノグラフィ(Scenography)』という言葉を基底に、平面絵画における空間表現の可能性と、作品と観者の関係性について考察します。作品と対峙した時、そこに在る風景や情景、その『現前性』を体感していただけたらと思います。」(ごあいさつより)

平面と空間、作品と観者、こうした二元的な捉え方は絵画分野において重要なポイントだろう。絵画史、特に西洋の絵画の変遷を振り返ると、各種の画法の開発と並行し、いかに絵画を成立させるかに途方のない時間が注がれ、いわゆる名画の中には図像と図法の研究における萌芽や達成が見られるものも少なくない。というか、前世代を乗り越える術として、新たな画法の発明が必須だったのでは?とさえ思われる。〇〇運動、〇〇派、〇〇イズムといったもの。

作品に戻ろう。目の前に在る、または、在ると感じられる。この重層的な感覚が作者のいう演劇的な「現前性」と同じであるかは不明だが、目の前の絵を見ながらにして、あたかも絵の中の人だかりに自身も紛れ込んでいるような空間的に連続した感覚は、トリッキーな面白さも含め、現実感のある視野で捉えられた大きな絵画ならではの体験だろう。ザワザワとした、〈動いている〉印象を感受した。

床置きの方に移る。《19:51》は展示台に約90度折られた状態で設置されている。いや、この場合は開かれた状態、という認識が正しいか。つまりいわゆる絵画、ではなく屏風、という理解が良いだろう。作品の中に描かれた芝居絵と同じ展示形態である。裏をのぞくと木製パネルでできていることも容易にわかる。画中画と呼ばれる表現技法があるが、この作品はその内容面だけでなく物理面も、画中画として挿入された屏風絵と同じにしたものと考えられる。

ここで興味深く感じられたのは、画題やレイヤー構造は先の《19:44》と大差ないにも関わらず、没入感は消え失せ、そこに描かれているものが風景画として見えてきたことだ。普通に〈止まっている〉のである。静止画なんだから当たり前だろうとつっこまれそうだが、この感覚は先の作品と一見地味だが大きなギャップであり、〈現前〉の世界から〈現実〉の世界に引き戻されるような、奇妙な感覚に陥らせるものだった。舞台美術でいうところの書割、すなわち装置としての絵画、といったら伝わるだろうか。筆者にはそう感じられた。

会期中には日没後に照明を落とし、冒頭の蝋燭台を灯して鑑賞するプログラムも組まれたらしい。おそらくさらに入り組んだ「現前性」の迷宮を楽しめたのではないかと想像する。映像プロジェクターの原型の一つに火の灯りを用いた幻燈機(Magic Lantern)があるが、ここの蝋燭台もある種のスペクタクルを演出する道具として、本展の象徴であり機能でもあったのだ。度々ぶつかりそうになったが、なるほど、一等地に置かれているわけだ。

日中の会場は十分に明るかったが、なぜか映画館のような暗い場所から出るような気持ちで外に出る。大通りでは、ちょうど都市駅伝のランナーが通過していた。手前には人だかり。絵の中と同じくスマホやカメラを構える人たち。筆者もその一員と化す。そうか、駅伝も祭りか。アートによる日常と地続きの非日常体験は、これだからやめられない。

(広島在住のアート愛好家・太田川蟹)
*写真は筆者撮影

村上明花里 個展「−現前−」
会期:2026.1.13〜2026.1.18
会場:gallery G
鑑賞日:2026.1.18

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