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【レポート】広島市現代美術館リニューアルオープン!

広島市現代美術館は1989年の開館から30年あまりが経過し、2020年末から2年以上にわたって長期休館に入っていましたが、このほど全面改修を終え、2023年3月18日(土)に再オープンしました。美術館の再開にあたり開催される特別展は、その名も「Before/After」。美術館建物の改修工事という出来事を契機に生じる「前/後」をひとつの足がかりとして、さまざまな「まえ」と「あと」の現象や状況に着目した展示が全館を会場に展開されます。

そこで本記事では、改修工事以前の美術館や休館中に展開された館外での活動のことも見てきたひろしまアートシーン運営チームの目線で、「お、ここが変わってる!」「これはあの!」という見どころを共有していきます。建築の修繕された部分や、新しく誕生したスペース、そしてもちろん特別展についてもご紹介します。

文:山本功
取材・写真:松波静香、平石もも

広島市現代美術館外観

建物の変化

この改修工事の目的はそもそも建築の経年劣化対策でした。そのため、見た目や機能で変化がわかりやすいものばかりではありません。そこで会場で配布されていたのが「新陳代謝(メタボリズム)マップ」。建築、増築、改修の変化を、ひろしまを拠点に活動する素描家Shunshunによるビジョンマップでわかりやすくまとめられています。黒川紀章の設計の背景にある思想と美術館の建物、そしてそれをどのように改修したのかという視点を提供してくれます。言われなければなんとなく通り過ぎてしまうかもしれない円柱にも注目してみるきっかけにもなりそうです。

スペシャルな円柱の写真

今回の大規模工事は老朽化した設備の更新や機能強化が中心でしたが、新たに増築されたガラス張りの空間における機能追加はひとつのポイントです。新たにオープンしたカフェスペース「KAZE」では、眼前に野外彫刻や比治山の緑を眺めながら、コーヒーやスイーツにパン、そしてワインも楽しむことができます。また、こちらも新たに誕生した多目的スペース「モカモカ」は、展示に関連するワークショップやイベントをはじめ、今後は実験的な活動も展開できるスペースとして活用されるとのことです。

サインにも注目

館内の7箇所のサインは「新生タイポ・プロジェクト」の成果物です。休館中の館外プロジェクトのひとつで、デザイナーの岡澤慶秀と岡本健が美術館の近隣地域をはじめとする広島市内、そして館内や館にまつわる資料にひそむ文字デザインを調査し、それらの特徴を活かしたタイポグラフィーを制作したもの。
特にコインロッカーの数字はインパクトがあり、SNSでも話題になっていました。ひとつひとつの数字の「元ネタ」についての資料もあり、広島の都市景観の一部を美術館に引用する格好となっています。

美術館が建設された平成初期から30年あまりの時を経て、変化した物事の考え方もサインに反映されていました。トイレの性別区分が二元的な男性と女性に制限されていることについての問題意識が顕在化したことで、公共施設における性的少数者に対する配慮も求められるようになっています。リニューアルされた広島市現代美術館には、「どちらに入ればいいか迷っている方々へ」と題したテキストが掲示されています。ジェンダー規範とわかりやすさの折り合いをつけようとする意思を明示するという姿勢はチャレンジングな試みであり、「わかりやすさ」だけを是認しない現代美術館らしい態度として目を引きました。

ショップでは地元の作家の商品も

ミュージアムショップも大きくリニューアルしています。フランス出身のデザインユニット2m26による什器が印象的です。地元広島の作家の作品やアクセサリー、グッズの取り扱いが始まったことも注目です。オープンのタイミングでは、漆、染織、金工など工芸分野を中心に21名の作家の商品を取り扱っており、そのうち11名は広島市立大学出身とのこと。若手のデザイナーや広島の企業によるプロダクトも取り揃えています。入場料不要のエリアなので、贈り物やお土産品探しにもうってつけかもしれません。

休館中の館外活動の還元

長期にわたる休館期間中、様々な場所での展示企画やワークショップやイベント、教育普及活動など、美術館外での活動を積極的に行っていました。

なかでも「地域連携・ポスター編」は、過去に開催された展覧会のポスターを地域のお店に掲示する企画でした。「市民の皆さんに忘れられないために」というところから、掲示場所がまとめられたマップによると計130箇所以上にゲンビのポスターがはられていたとのこと。リニューアルオープン前日の内覧会にはポスター掲示に協力したお店の方々も招待され、いちはやくリニューアルオープンを目にしてもらう機会を提供していました。

内覧会やオープニングセレモニーでは、一般の市民とともに美術館を作り上げていく意気込みが感じ取られました。地元の幼稚園児、郵便局長や「段原おやじの会」会長一家、比治山神社の巫女さんらがセレモニーでくす玉を割っていたのは、その象徴と言えるでしょう。

広島市現代美術館オープニングセレモニー

たくさんの人でにぎわう館内では、いたるところで知人にも出会うもので、いたるところで世間話にも花が咲いていました。コロナ禍でレセプションのような機会が減っていたこともあり、ローカルアートシーンにおけるコミュニケーションの場が再び戻ってきた瞬間にもなっていました。

ショップの什器で紹介したデザインユニット2m26は、ほかにも館内各所のベンチのデザインも手掛けています。休館中には館外活動でツールボックスやベンチをワークショップも交えて制作してきており、そんな活動の延長にあることがわかります。インタビューのなかで「休館中、町なかでツールボックスを体験した人が、リニューアル後の美術館を訪れ、かつて町なかで使った家具類があるのを見て親近感を覚えたり。美術館と都市の関係を考えていく機会になると嬉しいですね」と語っていたことがそのまま実現しているようです。

美術館のコレクション品を広島市内の学校で一定期間預かってもらう「地域連携・学校編」は、日々の手入れや状態のチェックも子どもたちに任せるという意欲的な取り組みでした。たとえばフェルナンド・ボテロ《小さな鳥》は広島市立五日市南小学校に預けられたあと、東京のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されたボテロ展と、広島県立美術館ロビーでの共催企画「どこかで?ゲンビ フェルナンド・ボテロ 《小さな鳥》」を経て、無事に美術館の野外彫刻広場に再展示されるに至っています。

フェルナンド・ボテロ 《小さな鳥》

野外彫刻鑑賞のススメ

広島市現代美術館が開館以来収集してきた野外彫刻18点が建物を取り囲むように各所に展示されています。あわせて、素描家shunshunによるイラストマップを手にステッカーを貼りながら楽しめる仕掛けも憎めません。

岡本敦生《Earth Call Hiroshima(地球電話–広島)》

マグダレーナ・アバカノヴィッチ
《ヒロシマ − 鎮まりしものたち》

これらの作品は基本的に常設の作品ですが、野外の環境のなかで鑑賞することになるので、比治山の光や植生の変化と合わせて楽しむことができるのもポイントです。特に、マグダレーナ・アバカノヴィッチ《ヒロシマ − 鎮まりしものたち》は、移ろいゆく周囲の環境によってちがった印象を見て取ることができそうです。また、野外彫刻めぐりは美術館から一歩足を伸ばして見るきっかけにもなります。比治山には美術館以外にも慰霊碑や放射線影響研究所などがあり、散策と合わせて、この場所に現代美術館があることの意味について考えを巡らせる事もできるでしょう。

そして、特別展Before/After

展示内容以外の情報がもりだくさんになってしまいましたが、最後に展覧会のご紹介。45名/組の作家によるさまざまな「まえ」と「あと」の現象や状況に着目した企画です。作品数と情報量が多く、広範な文脈を扱う企画のため、鑑賞の際はゆっくり時間を確保する必要がありそうです。
そのなかで、ひろしまアートシーンチームの注目作品を紹介します。

平石もものおすすめは、田中功起《everything is everything》。広島市現代美術館所蔵の2005-2006年の作品で、映像作品は休館中の館外活動拠点であった鶴見分室101で開催された「どこかで?ゲンビ ビデオアート編 田中功起」でも上映されていました。出展作は、とりわけマテリアルが多様な現代美術が抱える保存と修復の問題を取り上げたアップデートバージョンになっています。インスタレーション作品に使われていたプラスチックの劣化問題をどうするか、などを新しいプロジェクトとして、作家と学芸員が議論する様子などがモニタで映像が流れています。

松波静香は、高橋銑《Cast and Rot》を取り上げました。一見すると錆びた鉄釘のように見える尖った物体が、実は〇〇だと知ったときの静かな驚き(ネタバレになるので何かは書かないでおきましょう)。保存修復の現場に身を置きながら現代美術作家としても活動している高橋は、アーティストトークの中で作品を「のこすというふるまいの成果物」と呼びました。高橋は普段は人がのこそうとしないありふれたものにブロンズの保存処理を施しました。「のこす」か「のこさないか」の選択は、たとえば財布の中のレシートから都市の建築物や景観まで、人間の営みの中で常に繰り返されています。自分がいる世界にのこされているもの、そしてこれからのこされていくもの、逆に失われたもの、のこす(のこる)ということはどういうことなのか……この作品を通して様々に想像をめぐらすことができます。

最後に、「Before/After」展のメインビジュアルでもあるシリン・ネシャット《Land of Dreams》を山本功からご紹介します。美術の分野で人類の平和に貢献した作家の業績を顕彰するヒロシマ賞の第6回(2004年度)受賞者である作家の作品で、このたび新規購入されました。多様なバックグラウンドを持つ26名の肖像写真が並ぶ部屋の先に、Land of DreamsThe Colony とそれぞれ題された2チャンネルの映像が放映される作品です。ニューメキシコ州の労働者階級の家で「最近見た夢」についてリサーチする美術学校の学生の映像が左に、そして被験者の「夢」を分析するイランの秘密組織の女性の姿が右のスクリーンに映し出されます。夢の二面性や土着性、そしてさまざまな抑圧が示唆される映像を見たあとにふたたび手前の部屋に並ぶポートレートと相まみえると、その表情に最初とは異なるメッセージを読み取ってしまうのでした。

広島に現代美術館がふたたび戻ってきたことで、地域のアートシーンにも必ずやいい影響があるはず。そんな期待を抱かせてくれるオープニングと展覧会のスタートでした。ぜひ訪れてみてください。

広島市現代美術館
リニューアルオープン記念特別展 「Before/After」


会期:2023年3月18日(土)― 2023年6月18日(日)
開館時間:10:00―17:00 ※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
観覧料:一般 1,600 円(1,250円)、大学生 1,200円(900円)、高校生・65 歳以上 800 円(600円)、中学生以下無料 ※( )内は前売り及び 30 名以上の団体料金
https://www.hiroshima-moca.jp/exhibition/beforeafter

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販売価格
一般 3,300円
大学生 2,400円
高校生・65歳以上 1,650円
https://www.hiroshima-moca.jp/moca/members

文:山本功(やまもと いさお)

タメンタイ合同会社代表社員、アートマネージャー。
1992 年広島市生まれ。京都大学文学部卒業。専攻は人文地理学。
ベネッセアートサイト直島を運営する公益財団法人福武財団にて直島コメづくりプロジェクトを担当後、地元広島に拠点を移し、瀬戸内地域で活動する若手アーティストの活動を紹介する活動を2018 年より始動。アートマネジメント、調査事業等を手掛けている。2021 年12 月より自社施設「タメンタイギャラリー鶴見町ラボ」を運営。

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