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「アートに海峡は、ない」としたら|「ARTIST TRANSFER in Hiroshima」(アートギャラリーミヤウチ)レビュー(文:山本功)

地方都市で活動するアーティストによる県境をまたいだ展示と交流によるアートシーンの拡張を志向し、福岡県北九州市で2022年10月に開催された展示の継続企画として、アートギャラリーミヤウチ(廿日市市)にて開催された「ARTIST TRANSFER in Hiroshima」展(2022年12月17日から2023年2月6日)について、山本功が執筆しました。

広島と九州ゆかりのアーティストによる「ARTIST TRANSFER in Hiroshima」 展は、県境を越えた交流のあり方を問う時宜を得たプロジェクトだ。これまで必ずしも活発ではなかった2つの地域のミッドキャリアの作家の作品を一堂に集めた展覧会を、両地の共同企画によって実現したことは、先駆的な試みだったといえよう。

アートギャラリーミヤウチ「ARTIST TRANSFER in Hiroshima」展会場入口

アートギャラリーミヤウチ会場入口(筆者撮影)

ところで、「アートに海峡は、ない」というコピーにおける「海峡」とはなんだろう。「海峡」というと、速い潮流による隔絶のメタファーが想起される。ただ、本州と九州を隔てる関門海峡は、英仏間のドーバー海峡や、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を隔てるジブラルタル海峡と比べると、地理的隔絶要素は大きくない。両岸を結ぶ関門橋の全長はわずか1kmあまり。内航用の小型船舶が行き交い、徒歩で渡ることすらできる。にもかかわらず、文化交流が乏しいことに一石を投じるのが本展だ。

その展示の組み立てには、広島と九州に広がる豊かなフィールド自体を見せる意図が読み取れた。特定のアーティストにスポットライトを集中させるのでなく、100点を超える出展作品の多様性に焦点をあてることで「海峡」を否定しようとしたのだ。地方色の強い展示にありがちな、作品や作家にまつわる場所性や独自の文脈といった背景をことさらに強調することは避けられていた。「ARTIST TRANSFER」展の視点は、多くの作品それぞれに光を当てていること、そして「中央」との対比によらずに地方どうしのアートシーンの交流を図っているという2つの意味で、「脱中央集権的」なものだった。

このような展示構成により、鑑賞者の視線は作品の情報よりも、表現自体に導かれるようだった。なかでも筆者の目を引いたのは木浦奈津子の風景画群だった。ひとつの大きな壁面全体に並ぶ14点の油彩作品の題名は、《うみ》、《こうえん》、《無題》の3種類のみ。非同一直線上にバラバラに展示されており、大きさもさまざまだ。そうした匿名の風景を描写する筆跡に目をやるうちに、木々や人影の形状がストロークレベルに省略されている様子が徐々に目についてくる。「できるだけ自分の感情を省いて描く」という木浦のやり方は、風景を風景たらしめているものは何かという問いを投げかける。

木浦奈津子作品の展示風景(撮影:橋本健佑、提供:アートギャラリーミヤウチ)

筆者にはまるで海外の風景のようにも見えたのだが、これは鹿児島で暮らす作家にとっての身近な風景らしい。もっこりした大きな木や草原に小径が続く公園、砂州のある海景が喚起する地理的イメージを検証するためのヒントはほとんど描かれていない。生活の中で「自分の目が追いついたもの*」を対象にしながらも、作品としては「個人的な風景**」とはせず「できるだけ自分から離したい***」という画家の制作過程は、写真、ドローイング、キャンバスへのペイントという3つの段階を経る*。このプロセスのなかで、作者は「感情」だけでなく、土地にひもづく固有の要素も消し去っているようだ。

「いい絵にしようと思えば作れると思うんですけど、見たままを描いて結果いい絵になる時が描いていて楽しい**」と語る態度は、鑑賞者にとっては見知らぬはずの海や公園についての見たことがあるような姿を呼び起こす。風景を風景たらしめているのは、描く者と見る者の感情や心象の共通項なのだ。バラバラに並ぶ断片的なイメージがすべて作者の身近な世界であるということは、そのなかに作者の生活があること、そしてそれを絵にすることは、日常に特別な意味を付与し、他者と共有する方法であったことを改めて教えてくれる。

地域性を深く掘り下げ、明らかにするというアプローチは、今や大きな潮流となっている。これは、既存の美術史が西洋中心主義的で、植民地主義的な視点をはらんでいることに対する反省から生じた流れだ。だからといって、アート・ワールドにおける地方の役割は、独自の文脈を「中央」に供給することだけではない。表現と発表の場は地続きであり、身近な世界とその表現を「中央」の文脈に回収させる必要はない。「アートに海峡は、ない」としたら、作品は作者の身近な範囲を超えていくこと、そして広島と九州だけでなく、海とホワイトキューブも同一球面上にあることを示しているのだ。

*原田真紀(2022). 木浦奈津子. VOCA展実行委員会・上野の森美術館編『VOCA展2022 現代美術の展望─新しい平面の作家たち』p.36.
**かわるあいだの美術実行委員会編(2022). 『「生きる私が表すことは。鹿児島ゆかりの現代作家展」記録集』 pp.32-33.
***テレビ西日本(2018). 画家 木浦奈津子. 『美の鼓動・九州』 2018年7月29日放送
https://www.tnc.co.jp/kodou/archives/kodou168.php (最終閲覧日:2023年2月15日)


アートギャラリーミヤウチ|ART GALLERY miyauchi

ARTIST TRANSFER in Hiroshima
2022.12.17 sat – 2023.2.6 mon

アーティスト
生島国宜、諫山元貴、入江早耶、上村卓大、木浦奈津子、久保寛子、興梠優護、後藤靖香、小西紀行、小宮万依、柴田七美、田中千智、津川奈菜、坪山斉、手嶋勇気、七搦綾乃、平野薫、ロバート・プラット、丸橋光生、宮本華子、米倉大五郎


山本功(やまもと いさお)

タメンタイ合同会社代表社員、アートマネージャー。
1992 年広島市生まれ。京都大学文学部卒業。専攻は人文地理学。
ベネッセアートサイト直島を運営する公益財団法人福武財団にて直島コメづくりプロジェクトを担当後、地元広島に拠点を移し、瀬戸内地域で活動する若手アーティストの活動を紹介する活動を2018 年より始動し、アートマネジメント、調査事業等を手掛けている。2021 年12 月より自社施設「タメンタイギャラリー鶴見町ラボ」を運営。

 

このテキストは、HACH(Hiroshima Arts & City Hive)が2023年2月に開催した「展覧会レビューライティング講座」(講師:はがみちこ)において受講生が取り組んだ成果物を加筆修正し公開するものです。文責は執筆者にあります。

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