【レビュー】大庭孝文個展「再生/再構成されたエピソード」
2024.9.11(水)
日中は外を出歩くのも辛い8月。だがアートシーンを開くといつもどこかで誰かが表現活動を行なっている。これまでにこんな状況はあっただろうか。うん、たぶんあっただろう。しかし、このHPでその状況を素早く確認することができ、いちいち各サイトを巡らなくてもおおよその全体像が掴めるようになった。見届けなくては!そんな気持ちに駆り立てられる。困ったものだ。
さて、今回は大庭孝文個展「再生/再構成されたエピソード」を訪れた。会場はLE METTE GALLERY。フランス人のオーナーが運営する気鋭のギャラリーと噂には聞いていたが、筆者は初めて訪問。エディオンと原爆ドームの中間あたりの好立地。ビルの前ではなんらかのデモ行進、そしてアンチデモ隊のイカつい声も。物々しい雰囲気の中そそくさとビルの中へ。こじんまりとした一部屋がホワイトキューブになっている。外の喧騒はどこへやら、静かな空間にほっとする。なにより涼しい。
展示作品は抑制の効いたものばかりで、押しつけがましくない。しかし何が描かれているのかはほとんどわからない。抽象画だろうか?まずはじっくりと鑑賞してみよう。
右側の壁面には「再構成されたエピソード」のシリーズが並ぶ。全体が白い画面にモノクロームの筆致が乗っている。通常は〈描かれている〉となるはずだが、第一印象は〈乗っている〉だった。というのも、画面にわずかな凸凹があったり、眺める位置によって変化する光沢質のタッチがあったりと、具象的なモチーフが即座に見当たらないだけでなく、画材自体にも特別な存在感があるように感じられたからだ。キャプションの素材に目をやる。
「木製パネルにプラチナ、アルミニウム、アクリル絵具、岩絵具、膠、合成接着剤、桐、和紙」
まるで工芸や彫刻作品のようだ。作家は日本画を長く学んだ方であり、岩絵具や膠といった分野特有の技法がベースである。そこに金属や木材などハードな素材が巧みに組み合わされており、ミニマルな画面構成だが眺めていて飽きない。色んな方向から変化が楽しめる。
内容面に移る。ここに掲載した作品は上記シリーズの《初夏の稲穂と山並み》だ。タイトルを確認して再び作品を見るも、「この線が、や、やまなみ?」とおぼつかない。まあ好きなように見ればいいわけで、一点にかける時間が長くなっただけのことだ。前述のように画面の変容が豊かなので、充実した鑑賞感を得ることができた。
資料を頼ると、作品の起点は写真であることが判明。作品は幾層もの物質的、情報的レイヤーから成り立っており、おおざっぱに言うと他人から譲り受けた写真と、そのエピソードを絵画として再構成したのが本作である。和紙=レイヤーを支持体とする各層には、やはり技法的、概念的に厳しく試みられたさまざまな創意があり、画家にとって一枚の絵が担うものとは非常に大きいものなのだなと感じ入った。
左側のテーブルに行こう。こちらは「再生されたエピソード」のシリーズで、再構成シリーズの習作のようだった。アクリル板の重なりによって各層に空間が設けられており、レイヤー構造であることが丸分かり。一番下(=起点)の写真イメージがぼんやり見えること、各レイヤーで何が行われているのかわかることなど、「好きに見ればいい」なんてうそぶいていたものの、この作品を見て仕組みについてはスッキリ理解させられた。再構成シリーズがミルフィーユのように高密度な絵画的情報だとすると、再生シリーズのほうはスポンジケーキのように低密度だがその分情報の振る舞いがわかる。
最後に作家と話をすることができた。本展のテーマは「記憶」であり、特に他者の記憶について関心を寄せているとのこと。作家の言葉で何度も口にされた記憶の〈圧縮〉というフレーズが印象に残った。筆者がケーキの例えを頭に浮かべたのもこのあたりが所以である。
心理学の知見を頼りに作品を展開させるなど、自らは媒介のような形で絵画制作に取り組んでいるように感じられた。さらに、一見アナログな仕上がりであるが、制作過程にはコンピュータやレーザーカッターなど現代的な技術も積極的に取り入れていることも興味深く感じた。この時間はさながらギャラリートークであり、作品について作家と直接対話できるのはこうした小さな規模ならでは。ありがたい。
情緒を伴う「記憶」であるが、情報=データとして無機質に扱われるのが今の世界であり、またインスタグラムのような写真=視覚データが社会に欠かせない存在となっていることを鑑みると、大庭の試みは極めて現代的な関心に基づくものと考えられる。プロセスにおいて計算系テクノロジーと日本画技法が混在していき、徐々に伝統的な表現へと変換され、最終的には古典的ともいえる一枚の絵に仕立てられている。静止画としては禁欲的だが、動画(鑑賞者が動く)としては多様な表情を持ち、一筋縄とはいかない奥深い絵画。やるべきことはきっとたくさんあるのだろう。美術館クラスの作品が待ち遠しい。
(広島在住のアート愛好家・太田川蟹)
大庭孝文個展「再生/再構成されたエピソード」
会期:2024.8.20~2024.9.1
会場:LE METTE GALLERY
鑑賞日:2024.8.31