大槻香奈 個展「ちいさく山と住む」 gallery G

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大槻香奈 個展「ちいさく山と住む」

2018.3.27 tue - 2018.4.1 sun

11:00〜20:00(Last day~16:00)

ゲスト作家
北浦朋恵・じん吉・永井綾・中比良真子・藤川さき

私は生まれてからおおよそ京都を中心とした関西圏で育ったが、今は東京で仕事をする事が多くなり、日々東西を行き来する生活を送るようになった。その中で、どうしても気がかりな事があった。それは東京に降り立った時の独特の「寂しさ」についてである。最初はいかにも東京なイメージの人混みやビル群、ギラギラとうるさい看板のようなものに思いを馳せていたが、次第にそこにはあまり答えがないと思い始めた。そうしてある時、東京から京都へ新幹線で帰る際、京都に降り立った瞬間あることに気がついた。
「京都は独特の香りがする」
私は20数年京都に住んでいたにも関わらず、当たり前すぎて一度も気が付かなかったのだが、京都にはとても複雑な香りが漂っているのだ。私は衝撃だった。その香りには、湿った土、草木、お茶、お寺、おしろいのようなものまで感じられて、そのすべてがやんわりと混ざっている。それが新鮮(神聖)な空気として、改めて自分の中にはっきりと感じられたのである。そうしてしばらく経ってから、その香りの正体について、専門の方に詳細を聞くことが出来た。そこでわかったのは、香りの主となっているものは「杉」と「苔」のブレンドであり、要約するとつまりこれは京都の『山』の香りである、ということだった。東京にいる時の私の寂しさは、「山のない寂しさ」だったのだ。
山とはなんだろうか。東京には山がない。六本木ヒルズの上から東京の街を見下ろしてみても、永遠に続くかのようなビル群が地平線をつくっていて、自然はあるといってもせいぜい、ところどころブロッコリーのような森が灰色の隙間からボコボコっと生えているぐらいのものである。東京ではビルの中にいる時だけ、人工的な新鮮な空気を手に入れることが出来る。もちろんそこにも、あの複雑な山の香りが存在しているわけではない。むかし私が小学二年生の頃、祖父が「子供の頃はたくさん友達がいて、それは学校の子だけではなくて、風や山や川とも仲良しだった。」と言っていたが、その時は、いかにも子供向けの嘘っぽい、綺麗な話だとしか考えていなかった。けれどもその意味が、大人になってようやくわかった気がする。
自分の精神を構成する要素を紐解いていったとき、私の場合はこれまで「少女」や「家」というテーマが出てきて、それについて作品をつくる事が多かった。けれどももう少し奥まで探っていくと、時代背景や家庭環境や信仰宗教の先に『山』の存在がある。日本にたくさんあるけれど、その土地それぞれに違った特徴を持っていて、それは村社会形成に大きく影響を与えてきたと思う。ちいさく山と住む、その中で培われてきた精神と死生観に思いを巡らせながら、半ば当たり前になってしまっていた心の友についてゆっくりと解き明かしたい。
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