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【レビュー】Gセレクション 三坂日奈子個展「あかるい影」

「ひろしまアートシーン」をいつも見てくださっているという太田川蟹さんによるレビュー、第二弾です。

例年より遅い梅雨入りだが、すでに蒸し暑い6月中旬に涼やかな展示を見た。会場は大きなガラス張りのギャラリー前に、小さな人工池があるgallery G。市内屈指の高さを誇るビルを見上げながら歩いていると、思わず池に落ちそうになるので注意が必要だ。

外から見た展示会場(筆者撮影)

会場に入ると正面に大きな絵画《shut》。寒色で描かれた巨大な肖像画でインパクトがある。よもや池から出てきたわけでもなさそうだが、分厚く暖かそうな布団を頭からすっぽり被っている。ぎゅと握った手が余計に寒々しさを喚起させる。題名が示すのは、寒気をシャットダウンということなのか。

正面に立つとその大きさがより際立った。落ち着いて見ていると、なんだかベールを被った聖母像のようなホーリーな感じがしてきた。その感慨を抱かせたのはしっかりとした描写力だろう。布地のシワや手の表情がとてもリアルに描かれている。作家は写実表現で全国に名を馳せる、広島市立大学で油絵を学ぶ大学院生だそう。納得。 本展は寝ているときの夢と現実がテーマらしく、そうするとこの絵は寝起きのモウマイとした状況と、冷めた空気に触れてつい布団を握りしめる現実、の交わりだろうか。取り残された身体、と紹介文にあるから、自身の存在の不確かさが表現されているのだろう。唯一ヒトの実体感がある両手に、ヒトの抜け殻が抱かれている構図だ。

1階の展示風景(筆者撮影)

左の壁面には白い動物たちが戯れる《polar bears》と《goats》。シロクマの絵はDMにも使用されている。でもなんだか印象が違う。そうか本物は四隅が丸く加工されているのだ。それによってほんわか感が醸し出されている。たったこれだけ(といっては失礼だが)の工夫で、随分と感受の仕方が変わるものだなと感心した。もちろん変形キャンバスは他の作家にも色々あるわけだが、控えめな所作がぴったりハマっている気がした。

これらの作品は風景画に見えた。流氷の上で戯れるシロクマの親子と、崖を登っていく羊たち。布団が地面や山並みといった景観に見立てられ、あたかも白昼夢のよう。ここでもやはり写実表現が効いており、その情景を想起させるに十分なリアリティがあった。

さて、作家が在廊していたので幸い話を伺うことができた。白い動物たちは自作の粘土細工でそれを写真に撮って構成したこと、子供の頃から人形遊びが好きでその延長上にあること、2匹以上いることが重要であること(おそらく風景的に見せるため)、など作品にまつわる興味深い内容を教えてくれた。

こうした作品に関する過程や補足は鑑賞の助けになるし、聞いた前後で見え方が変わったりして二度美味しいのでありがたい。意見が割れるかもしれないが、筆者はそのような情報を知りたい派なので、作家不在でも得ることができる資料などあれば嬉しいなあと思った次第。

2階の展示風景(筆者撮影)

作品に戻ろう。眠りや夢といった私的な時間をテーマにした展示なので、最初はちょっとナルシスティックな内容かなと不安を感じていたが、自己顕示性はほとんど感じられなかった。抑制の効いた作品群にもかかわらず放り出された感じもなく、冷たいはずなのに暖かい雰囲気。布団を被った肖像や布団上での一人遊び、この身近な布団という存在がことのほか柔らかい空気感を演出していた。恐るべし、フトン。2階の小品も一貫した内容で見やすくまとめられていた。

「あかるい影」というタイトルからして、対となる概念の掛け合わせが大事だったのだろう。そう気づいたのは鑑賞後の余韻を味わっている時だった。gallery Gの独特な空間にもうまく合わせているように感じられたし、今後の展開が楽しみな作家である。

(広島在住のアート愛好家・太田川蟹)

Gセレクション 三坂日奈子個展「​あかるい影」
会期:2024.6.4~2024.6.16
会場:gallery G
鑑賞日:2024.6.15

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