【レポート】ひろしまアートシーンどうしようか座談会 vol.2 ゲスト福島夏子さん
2023.2.4(土)
開催日時|2023年1月20日(金)19:00~21:00
会場|雁と鶴(広島市中区鶴見町9-11第2三沢コーポ104)
【登場人物】
福島夏子(Tokyo Art Beat/ゲスト)
石谷治寛(広島市立大学 Hiroshima Arts&City Hive/広島芸術都市ハイヴ/主催)
松波 静香(gallery G・ひろしまアートシーン/運営)
平石 もも(92 project・ひろしまアートシーン/運営)
山本 功(タメンタイ・ひろしまアートシーン/運営)
ウェブサイト「Hiroshima Art Scene」をきっかけとして、広島のアートシーンをより活発にしていくためのアイデアの発生と蓄積をはかる座談会。
今回は「Tokyo Art Beat」の編集者、福島夏子さんをゲストにお迎えし、広島内外のギャラリー関係者をはじめさまざまな分野の21名が参加。美術系メディアで活躍する福島さんに、編集のお仕事について、また地方の情報発信メディアの可能性や具体的なアイデアなど、2時間にわたってお話しをうかがいました。
音楽雑誌、『美術手帖』編集者をへて「Tokyo Art Beat」へ
松波)まずは福島さんがどのようにキャリアを形成されてきたのかをお聞かせいただけますか。
福島)大学では西洋美術史を専攻していました。好きなアートか映画か音楽に関わる仕事で雑誌の編集をしてみたいなと思っていて、卒業後、縁があって最初は音楽雑誌で編集者として5年働きました。そのあと雑誌『美術手帖』編集部の求人を見つけて、やっぱりアートの世界で働いてみたいという気持ちがずっとあったので、2013年に転職して『美術手帖』で働くことになりました。その後、2021年の10月からオンラインメディアである「Tokyo Art Beat」(以下TAB)で編集の仕事をしています。
雑誌の編集は10年以上やっていたものの、ウェブの専任になったのはTABに入ってからです。美術手帖のころもウェブ版で記事を編集したりはしていたのですが、継続的にひとつのウェブサイト自体をどう育てていくかということに専念しているのは、まだここ1年半ぐらいなので、わたしもウェブは今までと勝手が違うところもあるので試行錯誤しつつという感じです。
「Hiroshima Art Scene」(以下H.A.S.)についても継続するのが大変というのはよくわかりますね。
雑誌の編集・ライターってどんな仕事?(美術手帖での例)
福島)雑誌の時はどういう仕事をしていたかと言いますと、特集の企画と進行、インタビュー記事、展覧会のレビューやタイアップ記事の編集、そして自分が担当した特集号の広報などをしていました。SNSの運用や、トークイベントをリアルな会場やオンラインで実施したりしていました。
また、芸術祭のガイドブックを作ったり、ウェブ版の美術手帖も一部編集したりもしていました。
それから、委託事業としてウェブサイトのコンテンツを企画して編集して作り上げるということもやっていましたね。
特集は、年間でメイン担当のものを2〜3本、サブ担当も含めると数本担当していました。作家の個人特集を組むこともあれば、「新しいエコロジー」や「女性たちの美術史」などテーマ性のある企画を組むこともあります。「ニューカマーアーティスト100」はキュレーターの方やミッドキャリアのアーティストの方に推薦していただいて、100人の新進気鋭のアーティストの紹介を掲載しました。広島の作家さんも入っていますね。
松波)イベントも編集の方が担当されるんですね。
福島)たとえば特集に登場していただいたアーティストのトークイベントを銀座蔦屋書店で開催したりとか、「女性たちの美術史」特集の刊行記念は2本立てで、和田彩花さんと美術史家の吉良智子さんの対談、アーティストの長島有里枝さんと美術史家・中嶋泉さんの対談をオンラインで開催し、雑誌の企画の周知に繋げるということしていましたね。
自分で特集を担当をすると、最初の企画から最後の広報まで基本的には自分が受け持つという感じでした。
松波)編集部は何人ぐらいでされていたんですか?
福島)その時期によって変動はあったのですが、私が辞める前は雑誌は社員が数名ぐらいでしたね。企画などによって外部の方に編集をお願いする場合もあって、専門分野に強い方に入っていただいたり、コントリビューティングエディターというかたちで関わっていただく方もいるのですが、基本的には編集部員でやっていました。
美術手帖の場合、ウェブ版と雑誌で編集部は分かれていました。ただ、展覧会レビューの掲載が雑誌からウェブ版に移行することになって、展覧会レビューは雑誌の編集者も分担して編集していましたね。
石谷)レビューがウェブ版に出るようになってから、書き手に若い方が増えたという印象があります。
福島)展覧会レビューは2000字程度ですし、「美術評論」としてはいちばん世に出しやすいタイプのテキストだと思うんですよね。美術のなかでも書き手を発掘していきたいし、若手の方や、それまで関わりのなかった方たちとも仕事をすることでコミュニケーションをとっていきたいということもあって、なるべく新しい書き手の方々にお声がけしたいと思っていました。
とはいえ、それは特にウェブに移行してからという訳でもないと思います。私が入社する前から、若手の方が展覧会レビューを書く連載の枠があり、そこで書かれていた方々はその後著名な研究者や批評家、キュレーターとしてご活躍されています。また美術出版社は歴史のある出版社で、過去に16回の『芸術評論募集』を実施しています。評論家の登竜門として多数の才能を発掘してきたもので、過去の受賞者には東野芳明、中原佑介、松本俊夫、李禹煥なども名を連ね、名だたる評論家がデビューしたりしているんですね。私が在籍中にも2度行われましたが、受賞者の方々にはその後もレビューの連載をお願いするなど積極的に発表の場を設けていました。つまり、展覧会レビューというのは書き手や新しい美術評論を育てる機能も持っているんですね。
でも、レビューを読みたい人がどれだけいるのかなというシビアな話もあります(笑)。これはTABに移ってきて記事単位のPVなどを気にするようになり、より考えることが多くなった課題です。
アートメディアとしては、若手や中堅作家が参加する中小規模の展示をこそ積極的に取り上げていきたいという気持ちもありつつ、ギャラリーの展覧会は開催期間が短いので会期中にレビュー記事を出しづらかったり、なかなか難しいなと感じています。なので現在はどうしても大きな展覧会を取り上げることが多いですね。これは専門メディアとしての使命や責務と、商業メディアとしてのリソース分配のバランスが問われる部分で、私も試行錯誤しています。
松波)前回の座談会でも、告知情報だけでなく「どのような展示だったのか」という記録も重要だという意見がありました。レビューとして残すものは、多ければ多いほどいいのかなとは思いますが……。
福島)本当にそうですよね。展覧会の記録をオフィシャルな場所で残すということは、鑑賞者のみならずアーティストやキュレーター、主催者からも望まれていることです。
ウェブサイトの編集・ライターってどんな仕事?(TABでの例)
Tokyo Art Beat とは
福島)TABの創設メンバーの3人中2人は外国人の方でした。海外の人が東京にいるときに、開催中の展覧会情報をキャッチしづらいという問題意識から、バイリンガルのサイトとして作られました。東京を中心とする展覧会情報を集約することで、ここを見て美術館やギャラリーに行ってもらおうという成り立ちのサイトです。アプリもスマホが世に出た後の早い段階からリリースされていました。いまは東京に限らず全国の展覧会の情報を掲載しています。
サイトの大きな構造は次のふたつです。
①「展覧会・イベント」と「スペース」(美術館・ギャラリーなど)の情報
②「ニュース・記事」
②は編集した読み物としての記事で、わたしはこちらを担当しています。
2022年の実績をご紹介しますと、
・「展覧会・イベント」登録件数(2022年に開幕・閉幕したもの)7586件
・記事(2022年に公開したもの) 500本以上
という感じです。
2004年の創設からNPOとして運営されていましたが、2021年にスタートバーン株式会社に合流し、株式会社化されて今に至ります。
スタートバーン株式会社は、ブロックチェーン技術をつかってアートのインフラを作っていこうという会社です。去年はFUN FAN NFTというウェブアプリをローンチしました。QRコードを読みこむとスマホの中にNFTアートがプレゼントされるといったアプリでNFTアートのスタンプリーができるというようなシステムです。
「展覧会・イベント」「スペース」情報部門
福島)まず「展覧会・イベント」と「スペース」情報の部門についてお話ししましょう。
2021年の秋にサイトをリニューアルし、東京近郊だけでなくもっと全国展開しようというということになりまして、今は全国の会場や展覧会を積極的に登録しているという状況です。でも昨日改めて見たところ、H.A.S.に比べると広島の情報は少ないですね。大きな美術館の情報がメインだと思います。
松波)情報をお送りすれば掲載していただけるものなのでしょうか?
福島)情報をいただいた場合、担当者が確認して掲載の判断を行っています。登録は専任のスタッフが手作業で行っています。翻訳者含めて3〜4人でしょうか。
松波)あれだけの数を人の手でひとつひとつやっているんですね……!
福島)昨年末に「2022年展覧会トップ30」という記事を出すために、去年情報が登録された展覧会の数を集計したところ、7586件もある!と知って私も驚きました。みなさんにもっとTABの展覧会情報を活用していただきたいですね。
「ニュース・記事」部門
運営体制について
松波)「ニュース・記事」部門は何人ぐらいの体制で運営されているんですか?
福島)専任の社員はわたしを含め2人です。いまはひとりは育休中なので、実働はわたしだけなのですが、フリーランスでコントリビューティングエディターとして関わってくださる編集者・記者の方がいて、頼りにしています。
それから、インターンがひとりいて、彼もとても頑張ってくれています。あとは、記事に限らずTAB全体を見ているディレクターとマネージャーがいて、タイアップ記事を一緒に作ったり、記事の確認をしてもらったり、いろんな意見をもらったりしています。英語版やYoutube動画などを担当している人もいます。
具体的にわたしの仕事は、記事ページの企画、編集と執筆、ほかの編集者が担当した記事の確認です。
展覧会のフォトレポートを書いたり、レビューやインタビュー、論考などの編集を行っています。たとえばどんな記事があるかと言うと、参考に「2022年記事トップ10」を紹介しますね。
大阪中之島美術館のオープニング展のレポートがもっとも読まれていました。これは、開館までに40年近くかかった大規模な美術館の開館で、コレクションも著名作家の作品が多いなど、注目度が高かったことや、開館とほぼ同時に記事を出せたというタイミングもよかったのかなと思います。
SNSにはTwitter、instagram、Facebookがあります。それから、Youtubeでは『Why Art?』というシリーズに取り組んでいます。「あなたにとってアートとはなんですか?」という一問一答形式のアーティストインタビュー動画です。
記事を公開するまでの流れ
松波)記事を公開するまでは、どういう動きをされているのですか?
福島)こんな感じです。
▼ 情報共有と編集会議
記事のアイデアは随時メッセージ等で意見交換をしつつ、編集会議で持ち寄って話をします。
記事に関わるメンバーで集まります。記事の候補出し、スケジュールの設定、担当の割り振り、進捗状況の確認などをしています。
▼ 取材・執筆の段取り→ 執筆
自分が展覧会のレポートを書く場合は美術館に取材したい旨連絡をしたり、外部の方にレビューなどの記事を書いていただく場合はその方に連絡をして、内容や締め切り・謝礼・文字数などの条件を提示して依頼をします。
インタビューの場合は、インタビュイーご本人か、広報窓口などに連絡して取材を申し込みます。その後取材して、原稿化します。
▼ 校正・編集 → 修正
原稿ができたら、校正・編集をする作業があります。自分以外の人が書いた原稿の場合、各媒体によって表記の統一があるので、そこをチェックして適宜修正します。「この表現はこうしたほうが伝わりやすいのではないでしょうか」とか、内容に踏み込んで相談することもあります。
また、タイトルや見出しをつけるのは、一般的に外部の執筆者ではなく、編集者の仕事です。
▼ 写真の選定
編集と同時に写真の選定をします。
展覧会のオフィシャル写真が必要な場合は美術館から取り寄せたり、TABのフォトレポートの場合は自分(筆者)が撮影したものからセレクトすることが多いです。
▼ レイアウト
素材が集まったら、写真と文字をレイアウトして入力します。社内確認や、必要であれば関係各所への確認を行います。
▼ 公開
修正などがなくなったら、記事を公開します。
▼ 広報
公開したらSNSなどでお知らせします。
細かい工程や作業は割愛しましたが、大まかにこのような感じです。ここにあげたものは、TABに限らずわりと一般的な流れなのではないかなと思います。
メディアを育てる
雑誌とウェブ媒体での仕事のちがい
松波)美術手帖とTABを経験されて、それぞれの仕事に違いを感じますか?
福島)編集という仕事の根本的な部分は雑誌でもウェブでも変わらないと思うのですが、たとえばひとつの記事を作るサイクルというか、自分の時間の使い方が違いますね。
オンラインでいいなと思うのはやっぱり「早い」ということです。
紹介したいと思う展覧会があったら、見て、その日の晩には記事を書いてすぐ出せる。逆にいうとスピード勝負にもなります。同じネタだったら当然早く出したほうが読んでもらえる可能性が高いので、なるべく早く出したいし、新鮮さも重視しています。
雑誌『美術手帖』では、「特集」というまとまったかたちで記事を作り、読んでもらえるのが大きいし、やりがいがありました。企画のイメージを常に温めておきつつ、実働としては3ヶ月くらいかけて、ほかの編集者とも協力して100ページほどの特集を作っていました。オンラインでも「連載」のようなかたちは多々ありますが、雑誌の「特集」のようなひとつのテーマを多面的に読み解く記事を一気に出すのはなかなか難しい。メディアによって向き・不向きがありますが、オンラインでも何か新しい見せ方ができないか、考えていきたいですね。
ウェブ媒体で記事を読んでもらうためには?
福島)わたしは雑誌出身なので、おもしろい記事を作れば多くの人に読んでもらえるし、価値があるし、社会に影響を与えることができるという感覚が強くなりがちです。
もちろんそれは重要なのですが、特にウェブの場合はそれとは違うシステム的な面が「読まれるかどうか」を大きく左右します。「この記事は面白いぞ!」と自信をもつものが作れても、人に届かないと意味がない。
読み手にいかにリーチさせるかは、紙媒体とウェブでは大きく異なる部分で、日々勉強中です。
TABでは編集チームの他に、開発やマーケティングまわりを担当する人がいるのですが、そういう方の力を借りてサイトを運営しています。
誰がいつ読むかというのを意識して、グーグル内のプログラムがこう動いているはずだから、少しでも検索結果の上にあげるにはどうすればいいのか、という、開発の部分が重要なんだなというところは、私もウェブの世界に来てこの1年ぐらいで分かりました。
雑誌の場合もメディアに取り上げられたりバズったりすることで売り上げが伸びるという影響はありますが、オンライン媒体の場合は記事の1本1本でそういうことが試されるというのはあると思いますね。
例えばこれから広島市現代美術館がリニューアルオープンして、多くの人が「広島市現代美術館に行きたいな」と思って検索をしたときに、公式サイトのすぐ下ぐらいに上がっているページはたくさんクリックしてもらえる。でもそれが下の方になっちゃったり2ページ目になっちゃったりすると、検索からの流入は下がります。それをどうしたら上に持っていけるか……。そういう部分の努力もオンラインでは大事なんだなと思います。
松波)なるほど……。
H.A.S.ではとにかく展覧会情報を投稿しようというところにとどまっていて、「メディアを育てる」というところまで意識ができていなかったですね……。
福島)H.A.S.にとってそれがどれだけ必要なのかはわからないですけどね。収益化が必要なサイトの場合は、例えば広告を出稿してもらうという点でも、やはりPV数はひとつの基準として大事になりますが。
でもやっぱり、せっかくオンライン上にページを作ったらできるだけ多くの人に見てもらったり役立ててもらいたいですよね。見てもらえているという実感がないとサイト運営を継続するモチベーションも保ちづらいかと思います。
ライターとしてのスキルを身につけるには
松波)ところで、ライターのスキルというのは、どのように身につけてこられたのでしょうか。
福島)私の場合はもともと出版社に入りたかったので、就活中に編集者を目指す学生向けの専門学校に1年ぐらい行きましたが、それはライターとしてのスキルというより、入社試験をパスするための小論文の書き方指導とかがメインでしたね。だから実践に使えるかと言ったらそうでもありません。
仕事のスキルとしては、新卒で入った編集部で、編集やライティングについて基礎から教えてもらったことが一番大きいと思います。周りの新人や若手も、自分の書いた原稿に対して先輩にどんどん赤を入れられて、直していく過程で、訓練してちょっとずつスキルアップしていく……ということをしていました。たくさん書いて、人に読んでもらって反応を受けて、さらに書いて……という繰り返しが重要で、それは実践しながら身につく部分が大きいですね。
もちろん出版社などに入らなくても、興味があればライター講座に行ったり、文章を書くためのハウツー本などもたくさんありますから、そういったものを参考に読むのも意味はあると思います。
石谷)地方だと出版業界が大きくないので、ライターのノウハウのある人材が育つ土壌を培うのは難しい面があると思いますね。
平石)わたしたち(H.A.S.)はそういったノウハウを持たずにやってしまっているので、記事でも統一できていない部分が多いのですが、今の段階では「味です!」と言い切るしかないというか(笑)。
松波)公開前にテキストは運営メンバーで確認しあって、記事の中に登場するギャラリーやアーティストにも確認してもらうようにはしていますけど、専門家の方に添削してもらえる機会は作れてないですね……。
福島)公開前にチーム内で回覧するのはとてもいいですね。どんな感じで回覧されているんですか?
松波)ワードプレスに入れてプレビューのURLを共有してもらうことが多いです。
平石)ワードファイルの時もありますよね。
山本)赤入れはワードファイルのほうがやりやすいですよ。
松波)え?そっか?!
福島)そうですよね。グーグルドキュメントなどで原稿を書いて共有するほうが、他の人に確認してもらう際にお互いに作業がラクだと思います。
とくに、見てもらって赤字(修正)が多く入りそうな場合とか。ドキュメントに上書き修正やコメントを入れてもらうと、それを承認していけばパパパっと自動的に直るので、共有の編集がしやすいです。もちろん、編集権を自分が持つという点で、いつでも誰とでも原稿を共有するのがいいわけではないのですが、チーム内の回覧は共有フォルダで行うほうがやりとりがしやすいかもしれません。
ワードプレスに入力してからプレビューで見せると、確認するほうも赤入れがしにくいし、その修正を反映して再度ワードプレスで入力すると二度手間になってしまいますよね。
記事のボリューム感やタイトルについて
平石)雑誌とウェブでは記事のボリューム感や写真のバランス感が全然違うと思うのですが、そのあたりどのように考えられていますか?
福島)ウェブがいいのは、ひとつの記事をいくらでも長くできちゃうというところですね。写真も大きく掲載できるし、例えば展覧会レビューのような形式の記事をやるには利点が多いと思います。
とはいえ、あまりにテキストが長くて画面いっぱいに続きすぎると多くの読者が飽きてしまうと思うので、ページ全体のリズム感を考えて、画像をどういうふうに挿入していくかという塩梅も大事です。。
あとは見出しをつけることも大事です。たくさんテキストがある中で、ここには何が書かれているのかというのがすぐわかるようにすることです。
タイトルも分かりやすさが重要ですね。検索で見つけてもらいやすいように、固有名詞は目立つように入れるとか。編集者としては凝ったタイトルを付けたくなってしまうのですが(笑)、そこは自我を抑えて「情報」の伝わりやすさを優先したほうがいい時もあります。
地方発信のメディアの可能性
松波)取材に行かれる中で印象に残っている地方のアート情報を扱うサイトやメディアはありますか?
福島)特定の都市のアート情報を集約しているようなサイトは、あまり例が浮かばないですね。
H.A.S.のように、ギャラリーのひとたちが自主的にやっておられるというのは本当に珍しいと思います。
出張に行く時にその土地のギャラリーにも行きたいと思うので、TABで検索をしたり取材先でおすすめを聞いたりするのですが、なかなか細かい情報は集めにくくて。その都市に特化した情報が集約されているサイトというのはすごくいいなと思います。
ひとつ事例として知っているのは、アルトネというサイトです。
九州、山口エリア、主に福岡の情報が集約されていて、わたしも福岡に出張に行く時にはチェックします。ただ、小さなオルタナティブスペースをカバーしているというよりは、マス向けの情報というか、すでに知られている内容や大きな美術館の情報がメインなようですね。
美術館とギャラリーの連携
松波)広島の場合は美術館の情報を集約したサイトもまだないですね。
福島)そうですよね。なので、H.A.S.が美術館と今後どのように連携されていくのかなというのは気になっていました。
たとえば美術館でポスターとかチラシを置いてもらうとかで、周知するのがいいんじゃないでしょうか。
特に広島市現代美術館にはリニューアルオープン(※2023年3月18日 )に合わせて広島に来られるかたも多いと思うし、そこで広島のギャラリーを周ってみようかなとなった時に、これを見れば他のアートの情報が見れるんだというのが届くように、SNSでお互いの発信をしたり何か協働できたらいいですよね。
松波)実は前回の座談会でも同じ意見が出ました。それは本当にそうで、美術館とギャラリーが一緒に広島の街のアートシーンを盛り上げて行くのが理想的ですよね。今後そういったことも実現していけたらすてきだなと思っています。
根本的な話ですが、集約されているほうが情報としてキャッチしてもらいやすいですよね。
福島)そうですね。わたしは出張に行くと美術関係者の人と会うので、地元のキュレーターとかの口コミで情報をゲットできたりするけど、例えば純粋な旅行者だとなかなか情報が得られないですよね。その土地でアートを見たいと思っても、誰に聞いたらいいのかすらわからないと思います。そんな方にH.A.S.を使ってもらえるといいですね。
H.A.S.が目指すべき方向性とは?
どこまでが「ひろしまアートシーン」か?だれに向けて発信するか?
石谷)広島県は大きいですが、H.A.S.の情報は割と広島市内に限定されているのかなという印象はありますね。福山とか尾道も小さいスペースがたくさんあって盛り上がっていると感じるので、H.A.S.の中にもっと広いエリアの情報があってもいいと思います。
松波)広島市と限定しているわけではないのですが、現状としては運営側のわたしたちがあまり負担なくコミュニケーションが取れる範囲に限られてしまっていますね。
福島)H.A.S.が主にだれ向けに情報を発信したいかということもありますよね。
広島市内に住んでいる人向けのものとして運営したり、近隣のアートコミュニティをより緊密にするためだったら、扱うエリアも市内中心でいいと思います。でも旅行者など県外の人にもっと見てもらうことを目指すのであれば、尾道や福山の情報があると有益かなと思いました。
松波)それはそうですよね。
福島)それから、旅行者の場合は「開催中」の情報だけではなくて、旅行する予定の期間に開催される展覧会の情報が知りたい。そういった未来の情報は、いまのサイトだと見つけづらいかもしれません。
松波)たしかに、今開催中の展覧会がメインになっているので、これから開催される情報については集まりにくいのが現状です。
情報を集約できるH.A.S.という場所がとりあえずできたというのはひとつ良かったとは思うのですが、じゃあこれからどういう方向性で行くのかというのは模索中……。そういうわけで今回の「どうしようか座談会」になってるんですが(笑)。
福島)このような会もそうですが、オンライン上でも情報をやりとりできる場所ができると、広島のアートシーンのつながりも強くなるんだろうなと思いますし、素晴らしい取組みだと思いますよ。
地方メディアに期待される記事とは
松波)H.A.S.の”ARTICLE”はテキストを発表できる場として、いろんな人の声が集まったらいいなと思って作ったコーナーです。ですが、なかなかコンスタントに記事をアップできておらず、課題があります。
当たり前ですがこちらからお願いしないともちろん記事は集まらないですよね。それが今はあまりできていません。運営も少人数なので自分たちで内製するにしても手が回っていないというのもあって。
平石)やる気はあるんですけどね。(笑)
松波)実は……編集会議というものをしたことがないです。
山本)しましょう!(笑)
福島)記事に力を入れるなら、編集会議をするのはいいと思いますね。
石谷)地方発信のメディアとして、レビューというか記事的な部分は外から見るとどういう記事が興味を持っていただけるでしょうか?
福島)アーティストのインタビューはいいんじゃないかなと思います。広島の地元で活躍している方のインタビューを展覧会の開幕前後で公開できれば、展覧会の告知にもなるし。展覧会開催中にお話を聞いたら、アーカイブとして残せます。
若手アーティストなどであまりメディア露出がない人の記事であれば、その後有名になっていったときに、県内外を問わずいろんな人がアーティスト名で検索してH.A.S.がヒットすることもありますよね。アーティストがキャリアの初期に自分の言葉で語っているインタビューは結構貴重なので、公開時だけでなく長く読まれる可能性がある。そういった記事が集まっていけば、価値が貯金になっていくというか。
レビューもいいんですけど、レビューだとどうしても展示の開催前後に読まれるかどうかが大事になってくると思います。アーカイブ機能としては、もちろんないよりはあるほうがいいですが、「自分が見ていない展示」のレビューを閉幕から時間が経っても読みたいという読者は、展示の規模が小さいとそれほど多くないかもしれない。インタビューのほうがアーティストがどういうことを考えているかとか、時期を問わずに興味深い内容が載せられるかもしれません。
ただ、たいていの場合、レビューよりインタビュー記事を作るほうが手間と時間がかかりますね。
コンテンツのアイデア
福島)GALLERIESを見てもどういう傾向のギャラリーかというのは分かりにくいですよね。
工芸なのか現代美術なのか、そういう自分の興味に合ったギャラリーが探しにくいというのは感じます。
そこから発想する記事のアイディアとしては、たとえば「現代美術を扱っているギャラリー5選」とかでひとつのまとめ記事をつくるのもいいと思います。すでにある情報をもとに書けると思うので、それほど手間がかからないんじゃないかと思いますし。
石谷)ジャンルや地域でまとめた記事をいくつか作ってARTICLEに蓄積させるというアイディアはいいですね。
福島)あと誰かのおすすめのアートスポットを書いてもらうとかですね。時期に合わせて「夏休みに行きたい展覧会○選!」とか。そういう記事はTABでもよくやっています。
ギャラリー紹介や展覧会のページはシェアできるようにはなっていますが、それ単体になってしまうので、なかなか循環が生まれない。そこをまとめ記事にして、SNSでもシェアしやすい枠組みにしてあげるといいと思います。
石谷)自分が活動している地域について、周辺のギャラリーも含めこの地域を周るならどこがおすすめ、っていう記事を書いていくのもいいですね。編集部がうまく企画をしながら、執筆をお願いすることができれば、全体的に広がっていくかもしれませんね。
福島)そうですね。ユーザーが検索したい、知りたいと思うことを想像して、記事にするのは大事だと思います。
参加者)わたし、基町エリアについててなら書けそう!まず中華四季でたらふくご飯を食べるところから始まって……基町資料室を見て、コア(オルタナティブスペースコア)で現代アートを見て……!
福島)食の情報も入れるというアイデアはすてきだと思います。旅に行くと食も絶対楽しみたくて、アート好きな人はだいたいご飯も好きですし(笑)。
TABも食についての記事を増やしたいねという話は出ています。たとえば地方とか郊外の美術館に行ったときに、土地勘がないのでどこにお店があるかもよく分かりません。お茶したいなとか、どうせなら美味しいランチを食べて帰りたいなとかあると思うんですが、いいお店の情報はなかなかキャッチできなくて。
たとえばこのエリアだったらこことか、ギャラリストとかキュレーターがおすすめのお店とかがわかると、やっぱり行ってみたいですよ。
石谷)食からギャラリーの情報に結びつくこともありますよね。
福島)食については地元の人も知りたいと思うし、ベタなセレクトになったとしても県外の人は知らなかったりしますしね。東京にいる人間としては、地方に行ったら景色と食とアート作品をトータルで楽しみたいと思うんですよね。
たとえば瀬戸内国際芸術祭などの芸術祭も、アートだけではなくて、島や海といった自然と、その土地の歴史、そして地元の食材をつかった食、そういったトータルな体験の楽しみを提案をされていますね。そこが人間の根源的な欲求だと思うので、そこにひっかかるような記事だったらいいですよね。
今後のH.A.S.の運営体制について
石谷)H.A.S.の場合、専従の編集者がいない中でどういう風に仕事を分け合い、かつ統一されたインタビューや記事を継続して公開していけるかということだと思いますね。月に1本とか……それは大変かもしれませんが、目標を決めていくのがいいのかなと思います。
編集に関心がある人がうまくサポートしたりしながら記事が更新できる体制を作って、そこにちゃんとお金が発生するようにできるようになればいいですよね。
松波)無償でとなると書き手も自主的な活動に頼ってしまうことになります。記事を書くには時間や労力が必要なので、活動のための資金を得ることは重要な課題だなと思います。
福島)TABもNPO時代は専従の編集者はいなかったので、大学生やインターンの人の自主的な活動に支えられつつ、メンバーがいろんな仕事を兼務しながら記事を書いていたようです。そういう運営の仕方だと、記事のクオリティやトーンにばらつきがもちろん生じます。でも、そういう民主的なアマチュアリズムは、ユーザーとの距離の近さだったり、リアリティが共有できたり、いい部分もいっぱいあると思います。それに、たとえ文章の雰囲気がまちまちでも、いろんな人の手で継続して記事を出し続けてきたことで、記事の枠は継承されてきたし、現在のTABというメディアのあり方にも繋がっています。
H.A.S.も、最初からそんなに高いレベルをめざして、「こういう記事じゃなきゃ」というのではなくて、トライしてみたい人がいたら気軽に書いてもらう場として使ってもらうのがいいかもしれませんね。
それはそれで、運営メンバーが大変なことも想像できますが。
最後に
松波)うわ!今時計を見たら、すでに予定時間を過ぎていてびっくりしました。
結局お悩み相談会のようになってしまいましたが、プロの編集の方が具体的にどのようなお仕事をされているか、そしてH.A.S.についても具体的なアイデアをいただき、とても勉強になりました。ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
福島)わたしも広島のアートシーンが面白いことになっているというのは何人かから聞いていて、ずっと気になっていたので、今回久しぶりに来れて嬉しかったです。これを機会に今後もみなさんと情報交換をしていけたらと思っています。
ありがとうございました。
レポート|松波静香
写真|浅野堅一
福島夏子 ふくしま・なつこ
編集者。神奈川県生まれ。雑誌『ROCKIN’ON JAPAN』『美術手帖』編集部を経て、2021年よりウェブメディア「Tokyo Art Beat」にて勤務。
『美術手帖』では現代アートを中心に、「ニューカマーアーティスト100」「言葉の力。」「新しいエコロジー」「女性たちの美術史」特集をはじめ、映画やマンガなどポップカルチャーに関する特集を手がける。「Tokyo Art Beat」では記事の編集を担当し、取材・執筆も行う。
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ひろしまアートシーンどうしようか座談会 vol.2
令和4年度 文化庁 大学における文化芸術推進事業
事業名「街に介入する芸術、その公共性の議論を促すメディエーター養成プラットフォーム」
主催|広島市立大学 HACH (Hiroshima Arts&City Hive/広島芸術都市ハイヴ)
運営|ひろしまアートシーン運営事務局(gallery G内)